研究室の端くれから

とある生命科学に関わる研究者が気になった論文を連ねるメモ帳です

APPから分泌されたsAPPαはシナプス活動を制御する

今回の記事で紹介するのはこの論文。

Rice, Heather C., Daniel de Malmazet, An Schreurs, Samuel Frere, Inge Van Molle, Alexander N. Volkov, Eline Creemers, et al.
“Secreted Amyloid-β Precursor Protein Functions as a GABABR1a Ligand to Modulate Synaptic Transmission.” Science (New York, N.Y.) 363, no. 6423 (January 11, 2019). https://doi.org/10.1126/science.aao4827.

この論文では簡単に言うと、以下のことが示された。

  • sAPPαはGABA B受容体に結合する
  • sAPPαはGABA B受容体を介して神経活動を制御する

の2点。

 

今回の記事では、以下の通り

  • sAPPαとは?
  • この論文の新規性
  • この論文で示したこと
  • 考察

の4つの項目に分けて考えたいと思う。

 

・sAPPαとは?
 アルツハイマー病(AD)では、脳内の病理学的特徴として「アミロイドβ(Aβ)」の異常な凝集・蓄積が観測される。家族性ADの研究などから、Aβの異常な凝集・蓄積がAD発症に関与すると考えられている。

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APP切断経路

 このAβは、Amyloid Precursor Protein(APP)という一回膜貫通型膜タンパク質の切断によって産生される。具体的には、細胞外でβ-セクレターゼと呼ばれるプロテアーゼによって切断された後、γ-セクレターゼにより細胞内で切断されることでAβが細胞外に放出し、産生される。この一連の切断の流れは線維状の構造を示す「アミロイド」βを産生することから、一般的に「アミロイド産生経路」と呼ばれる。

 一方で、APPのアミロイドが産生しない切断経路も存在し、これは一般的に「非アミロイド産生経路」と呼ばれる。上記の図の通り、アミロイド産生経路との違いは細胞外で切断されるプロテアーゼがβ-セクレターゼではなくα-セクレターゼであることのみである。sAPPαは、この非アミロイド産生経路において最初のα-セクレターゼの切断された結果、細胞外で切断されるペプチドである。

 

・この論文の新規性
 これまでの研究ではADでの発症に重要なアミロイド産生経路に注目され、神経活動とAβの報告が多数であった。
 一方で、ADと関係が薄いと考えられているAPPや非アミロイド産生経路に注目はされていなかった。加えて、APPなどのアミロイド関連タンパク質による具体的な神経活動への影響についてはあまり知られていなかった。それも、APP強いてはsAPPαがスパイン密度を制御することが考えられていた程度であった。
 この論文の新規性は、そのような非アミロイド産生産物が神経活動を制御することを示しただけでなく、GABA B受容体を介し神経活動を制御するという具体的な機能に踏み込んで議論していることにあるだろう。

 

・この論文で示したこと

 この論文で示したことを簡潔にまとめると、

  1. sAPPαがGABAB受容体に物理的に結合する(F1・F2)
  2. sAPPαがシナプス前終末に局在するGABA B受容体と相互作用し、mEPSC(微小興奮性シナプス後電流)の発現周波数を抑制する(細胞レベル)(F3)
  3. 海馬にsAPPαを添加するとfEPSC(興奮性シナプス後電位)の発現周波数は減少し(S8A)海馬での神経活動が低下する(F5・6)
  4. 短期的な繰返しの神経刺激すると、fEPSCの発現周波数の増強が強化される(可塑性が強化される)(F4)ことが示された。

 

 GABA B受容体自体は、GABAシナプスにおいてシナプスを抑制する機能を持つGABAの放出を抑制すると考えられている。上記の1.2.の結果より、sAPPαはGABA B受容体を介しGABA作動性抑制性シナプスの機能を増強していること、3.の結果より、神経回路全体においてもsAPPαはGABA作動性抑制性シナプスの機能を増強していることが明らかとなった。また、4.より、sAPPαはシナプス可塑性を増強させることも示された。作用先であるGABA B受容体におけるシナプス可塑性は報告があるよう(Irena et al., 2015)で、このデータに対する信頼性は高いと見ていいだろう。

 

・考察

以上の結果より、APPからの切断物であるsAPPαが神経発火を示した。

筆者らはin vitroレベルではシナプス前終末における現象しか見ていないようだが、シナプス後終末における現象も見なくて良いのだろうか?という疑問点は残る。

果たしてADではこの現象は関係しているのだろうか?ADではAβが過剰に産生されることが知られる。推察されるのはADにおいてはsAPPαの量は少ないため、抑制性シナプスの機能が低下しシナプスの発火が過剰に起きるという妄想はできる。これはADにおいては興奮性シナプスが過活動するとするグルタミン酸仮説を支持する。しかし、グルタミン酸仮説からメマンチンはADに対する薬効が薄いとされるため、私の妄想は一考の余地があると考える。

この現象がADにどのように関わるのであろうか。今後に注目である。